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やまま コラム アフターファイブ AFTR5

できないことより、できることを大切にしようと思った中目黒の夜

やまま

やまま

仕事がうまくいかずちょっと落ち込み気味だった日、帰り道の途中にある、中目黒駅近くの居酒屋さんが気になった。人気の目黒川沿いとは真逆、駒沢通り方面。住宅地へと続く細い一通道路沿いに、そのお店はある。

おしゃれなバーや人気の焼き鳥店などが並ぶなか、お世辞にもおしゃれとはいえない、歴史を感じる佇まい。外観からは「常連さんが集うお店」のムードが感じられた。それでも暖簾をくぐることができたのは、小さな引き戸の窓からかすかに見える中の様子があたたかそうだったから。きっと、一見さんを毛嫌いしないお店だ。

少し勇気が要ったけれど、シマッタと思えば1杯だけ飲んで帰ればいい。ええいままよと引き戸を開けた。

カウンター4席に4人掛けテーブル3つ、こじんまりとした店内を切り盛りするのは、60代と思しき男性ひとり。先客はカウンターでひとり酒をすする男性と、テーブル席で語らう男女一組で、それぞれに「人生のベテラン」感が漂っていた。

白熱灯を思わせる暖色の店内。頭上のテレビでは、往年のスターが歌っていた。

ひとまずカウンターの隅の席にかけて、ハイボールを注文。

さて、何食べよう。

やまま コラム 中目黒 居酒屋

正面に掲げられたおすすめメニュー、そして手元に置かれていた定番メニューを眺めながら悩んでいると、ウイスキーの量の、気前がよすぎる黄色いハイボールを持ってきたマスターが「お通しいっぱい出るけれど、大丈夫?」と尋ねてくれた。

「大丈夫です、お腹、すいてます」

再び厨房から出てきたマスターが持ってきてくれたのは、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつの小鉢。まさか全部、私の分だったとは。

やまま コラム 中目黒 居酒屋 小鉢

壮観だ。しかも全部おいしそう。

「カレーがあるけれど、食べる?」
カウンターの中の厨房からマスターの声がした。

ここからさらに、カレーとは!すごいぞ、晩餐会だ。

「ごはん無しで」と即答すれば、「ハイ、わかりました」の声。よかった、やっぱり一見さんでも大丈夫なお店だった。

安堵する私の目の前に、このカレー。

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これぞニッポンの手づくり。あったかくて、ウマイ。

魚料理はありません

てんこ盛りのお通しセットとカレーを食べ終わるころには、小さなお店は満席に。テーブル席から私の隣に移ってきた女性が、声をかけてくれた。

「今日は、はじめて?」
「そうです、なんだか気になって、勇気を出して入ってみました」
「そうなの!うれしいなあ。ここはなんでもおいしいよ。焼酎飲む?」

黒霧島のボトルをずいと差し出してくれた彼女は、ここがまるで自分のお店かのようにうれしそう。厚かましくも、迷いなくご相伴にあずからせていただくことにした。

口さみしくなって厚焼きたまごをお願いすれば「甘いのとしょっぱいの、どっち?」とマスター。しょっぱいのにした。ふわふわ、あったかい味。

やまま コラム 中目黒

狭い店内で「本当になんでもおいしいですね」と声をあげると、近くにいた常連さんがニヤッと笑いながら、「でも、この店で魚は食べられないんだよ」と小声で教えてくれた。

しかし、メニューには確か「魚料理」コーナーがあったはず。

改めて見直してみると、書かれているのは「本日の干物」の1行だけ。その5文字からはそこはかとなく「一応、置いてます」のオーラが漂っており、常連さんの中で、干物をお願いする人はいないようだった。

「マスターが、魚嫌いなんだよ」

居酒屋に魚料理は外せないようなイメージがあったけれど、なくても成立するんだなあ。

そんなマスターは無口で、硬派な男性。最初の(濃すぎる)ハイボールや怒涛のお通し小鉢こそ持ってきてくれたが、お酒や料理をお客さんのもとに運ぶのは愛嬌たっぷりの常連さんたちだった。マスターはほとんど、厨房から出てこない。

「シャイだからね」

そう言いながら、生ビールを注ぐのも常連さん。シャイって言ったって、自分のお店でしょうに。某「ハイ、よろこんで!」型接客の真逆だ、鮮やかなまでに。

それにしたって皆さん、ビールサーバーの扱い方、うますぎやしませんか。あとマスター、これ、お酒どれだけ飲まれているかわからないよ。大丈夫なのか。

もちろん、そんな心配はこのお店においては杞憂。みんな律儀に「マスター、生もらうよ」と宣言し、厨房からは小さな「はいよ」の声。

それでいいのか?と思うけれど、みんながそれを当然だと思っているし、マスターもみんなを信頼しきっているように見えた。

できることをしよう

マスターはみんなの憩いの場とおいしい料理(但し魚を除く)を提供し、お客さんがコミュニケーションをつなぐ。補い合うことで、このお店は100%になる。いや、120%。おいしい、楽しい。その日たまたまだったんじゃないか、なんて疑いながら再訪問した日も、だんだん人が増えて最後は満席だった。金曜日でもないのに。

「サービス大国・日本の接客とはこうあるべき」なんて価値観で測ったら、マスターの営業スタイルは落第点だろう。でも、魚料理がなかろうと、無口だろうと、みんなに求められているからお店は今日も大賑わい。

カウンターでちびちびと一人酒を楽しんでいたおじさんは、横浜の方から毎日のように通っているのだと言っていたっけ。職場が近いからよく来る、と言っていた男性は私と同世代だったけど、ものすごく貫禄があったなあ。ご夫婦でいらしている方や、もともとこのお店で働いていた方など、いろんな人が集まっていた。

互いの肩書き、経歴なんて何も知らない、でも、うまい酒と肴が好きな者同士。共通点はそれだけなのに、気付けばあだ名で呼び合い、あっという間に時間が経っていく。ふしぎと愚痴や悪口、説教は一切なかった。

偶然でしょう、と言えばそれまでだが、マスターの手づくり料理と、そこから醸し出される店内のあたたかい雰囲気が、みんなの気持ちを穏やかにしてくれているように思えた。

少なくとも私はその日、お店の暖簾をくぐるまで「仕事ができない自分」が嫌でたまらなくて、優秀な同僚をうらやんだり、将来が憂鬱になったりと、ネガティブな気持ちに満ち溢れていたのだ。

「あの人はあんなにデキるのに私ときたら」「私ってどうしてこんなに気が利かないんだろう」……他人と自分を比較しては、「できないこと」ばかりを頭の中でぐるぐると繰り返させていた。

そんな私に差し出された、魚以外のお料理たち。どれもおいしくて心身が満足したから、「お刺身が食べたいな」なんて思いもしなかった。

常連さんたちが楽しそうにお酒を注ぎ、厨房からお料理を持ってくるものだから、気づけば私もメンチカツを運んでいた。

「私は客なのに、なんでこんなことをしなきゃいけないんだ」なんて思いは微塵も湧いてこず、むしろ少し仲間入りできたような気がして、うれしかった。

ああ、「できない」ことを過度に恥じ入る必要なんてないんだ。「できる」ことを堂々と、一生懸命やればいい。そうすれば、そこに惹かれる人が補ってくれる。分けてもらった焼酎をすすりながら、そんなことを思った。落ち込む余裕があったら、「できる」のレベルを上げるためにまい進したほうが、建設的だ。

今日の仕事はうまくいかなかったけれど、何か、自分の得意なことで挽回しよう。

明日の朝は少し早く出社しようと思い、まだまだ盛り上がる店内からお先に失礼させていただくことにした。「また来てね!」「気を付けて帰ってね!」みんなが口々にそう言ってくれる。

お会計を済ませ、ごちそうさまでしたとマスターに告げると、「今日はありがとうね」とひと言。こちらこそ、すてきなアフター5をありがとう。できない自分に落ち込んだら、魚以外のお手製料理、また食べにきます。

※今回のお店はひみつです……が、中目黒駅から徒歩5~6分のところです。探してみてください!

(文・やまま)

ライタープロフィール

85年生まれのアラサー銀座OL。独女です。人生の楽しみは食べること。”食べものエッセイスト”を自称し、ブログ「言いたいことやまやまです」にて200件以上の食べもの関連記事を公開中。好物はスーパーの総菜コーナーの白身魚フライと、料理の汁に浸した白米ORパン。お酒はハイボール&焼酎派です。