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冬将軍 雪

冬将軍からの初雪、大人の雪の楽しみ方|徒然花

駿河 慧

駿河 慧

コラム・徒然花、今回のテーマは「冬将軍」です。
冬将軍とともに降った今年の初雪の日、子供と大人で雪に対するイメージが違うことで、楽しみ方も違ってくることに気付きました。その方法はまるで猫のようなもの。

連日の雪、天国から地獄に変わる

冬将軍 雪
ある土曜の朝、いつもより早く起きたのは「ギュギュ」という音のせいです。

窓の外は薄暗く、今が何時だか分かりません。傍にあるスマホを見ると「8:30」という文字が……。のそのそと布団から出て一息つくと、室内だというのに白い息が見えました。

嫌な予感がして窓を開けると、目の前は一面に白いものが広がっていました。雪です。「ギュギュ」というのは近所の人が雪を踏む音だったのです。

1月の中旬、私が住む場所では今年初の雪が降りました。冬大将軍と呼ばれるほど寒かったのですが、ちょうど土日で自宅に籠っていたため雪の障害を受けずにすんでいました。ストーブのついた部屋で一日中ゴロゴロしながら、雪景色を楽しみつつ「仕事じゃなくて良かった」と心底思う私。日曜の夜まで降り続けた雪。

さすがにこれだけ降ったら月曜日には止んでいるだろうと思い、布団に入った日曜の夜。しかし、予想に反して翌日の月曜も、雪は降り続けたのです。

私は絶望しました。なぜなら電車通勤の私は、雪によって遅延が予測されるためいつもより早く出なければならないからです。週末の余裕とは正反対に、月曜は雪景色を恨めしく思いつつ家を出ます。

休日と平日、真逆の感想を抱いて気づいたことは、家にいるかいないかで気持ちが大きく変わるということ。

安全な場所にいる余裕

冬将軍 雪
自宅から会社までは徒歩で行かなければならない場面が出てくるため、雪の降る日は震えながら歩かなければなりません。ましてや、電車が止まる可能性も出てくるため良いことはなにひとつないのです。

いつもより疲れる雪の日は、たとえ一面に美しい雪景色が広がっていても微塵も感動を抱きません。しかし、休日の時は素直に雪景色を楽しむことができました。

同じ雪でも、見る場所によって全く違う感想を抱くのです。その2つの感情の違いにある大きな原因は“余裕”です。

寒さも交通機関の影響も関係がない自宅は、安全な場所という言葉がぴったり。それに対し出勤中は真逆の環境です。外にいても雪に対しての恨みが募るのはある意味仕方のないことなのかもしれません。

大人の雪の楽しみ方

通勤中、公園や道路には雪だるまが立ち、お昼休みに学校の側を通れば雪遊びに熱中する子供たちの声が聞こえてきました。冬将軍の寒さにも、雪の冷たさにも負けずに雪遊びをする子供たちは私の目には眩しく映ります。

小学生や中学生の時、間違いなく私は雪が降ることを喜んでいました。電車通学で高校に通っていた頃も、雪を理由に学校が休みになるので嬉しかった記憶があります。

しかし、社会人になると雪が降っても出社しなければなりません。時間との戦いが生まれるため余裕がなく、それが雪を喜べなくなった大きな理由です。

「犬は外を駆けまわり猫はこたつで丸くなる」という童謡の犬は子供、猫は大人を指しているように思えます。大人も家の中にいれば雪を楽しむ余裕ができます。室内から雪を眺めつつ、温かい室内でゆったり過ごす。これが、私が思う大人の雪の楽しみ方です。

(文・駿河慧)

ライタープロフィール

水族館は好きだが、生臭いのだけは耐えられない。