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冬 手袋 新見南吉

手袋を見ると勇気が出る理由|徒然花

駿河 慧

コラム・徒然花、今回のテーマは「手袋」です。寒いこの季節、私にとって手袋は必需品となっています。それは「ただ寒いから」というわけではありません。

主役に選ばれた「手袋を買いに」

冬 手袋 新見南吉
小学2年生の時、私はクラスで劇をやることになりました。演目は新見南吉・作「手袋を買いに」。

登場人物は主役の子ぎつね、母きつね、そして帽子屋の店主です。役決めは、立候補による投票ではなく、公平にくじ引きになりました。舞台にあがるのは3人の生徒。残りの生徒は舞台づくりのための裏方に回ります。あがり症の私は、裏方になることを切に願っていました。

くじ引き当日。ドキドキしながら引いた紙に書かれていたのは“子きつね”。

まだ舞台にもあがっていないのに涙が出てきそうでした。

私の様子に気付いた担任が励ましてくれるものの、私の頭の中はいかにして当日休むかでいっぱいでした。

セリフを覚えること、うつむかずに前を見ること、泣かないこと、そして逃げ出さず舞台に立つこと。クリアしなければいけない課題は山積みで、吐き気を覚えるほど主役が嫌でした。

本番当日…やっぱり痛恨のミスを犯す

冬 手袋 新見南吉
練習を重ねるとクラスメイトの前でも緊張が減り、セリフを忘れることも少なくなりました。しかし、練習は練習。私にとって1番怖いのは本番当日です。

観客は生徒と先生のみとはいえ、何十人もの人間が教室にいます。仮病や逃走も考えましたが、後のことを考え結局いつも通り登校しました。

きつねのお面を頭に付けながら台本を何度も読んでセリフを復唱するも、不安は簡単には消えてくれません。開演時間になり、心臓の鼓動は早くなる一方です。

そんな私に先生はこう言いました。

「舞台の裏に先生がいるから、セリフを忘れたらこっち見て」

本来なら先生は観客側に回るはずでした。けれども私のために舞台の裏に回ってくれるというのです。

「万が一セリフを忘れても教えてもらえる」

安堵した私は逃げ出さずになんとか舞台に立つことができたのです。

劇は大きなミスもなく進み、「手袋を買いに」の最大の見せ場がきます。きつねが店主に人間の手ではなく、きつねの手を見せてしまう場面です。

そこで私は、最大の失敗を犯したのです。

「あと少しで劇が終わる」という気持ちが安堵に繋がってしまったのか、私はきつねの手ではなく、人間の手を差し出してしまったのです。

この失敗はストーリーを大きく壊してしまうものでした。店主役の子も、私が人間の手を出したことによって混乱してしまったのか固まってしまいます。

一瞬にして私の頭が真っ白になりました。

この場から逃げ出そうと足が動いた瞬間、私の耳がとらえたのは先生の小さな声でした。

「きつねの手を出して」

逃げ出そうとしていた私の足が止まります。

すぐに人間の手を引っ込め、きつねの手を差し出し直します。すると、店主役の子もすぐさま自分のセリフを口にしました。そのまま劇はラストまでいき、拍手の雨で閉演を迎えます。私の背中は汗びっしょりで足も震えていました。

先生は真っ先に私のところにやってきて、そして頭を撫でながら「頑張ったね」と褒めてくれました。その言葉を聞き、泣き出す私。

逃げ出さずにやりきれたこと…そこには、小さな達成感がありました。

手袋は頑張るためのアイテム

それからというもの、私にとって手袋は何かに挑戦する時に身に付ける必須アイテムとなりました。高校受験、大学受験、就職活動、いつも手袋を身に付けて臨みました。

もし、あの時舞台から逃げ出していたら手袋は苦い思い出の象徴となっていたでしょう。先生がアシストしてくれたお陰で、手袋は私にとってなくてはならない存在となっています。

毎年、冬になると必ず身に付けるのは自分を勇気づけるため。今後も私にとっての相棒です。

(文・駿河慧)

ライタープロフィール

水族館は好きだが、生臭いのだけは耐えられない。