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スナックノンノン 佐々木ののか

鉛筆転がして決めなよ〜スナックノンノン第5夜

佐々木ののか

佐々木ののか

不器用なママが営むスナックノンノン。
今回は、就職活動中のエピソードです。進路選択ってすごく迷いますよね。でも、どんな道も結局はやりたい方向につながっているんだよ、っていう話を書きました。

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就活時、わたしは出版社志望だった。本を作りたかったのだ。

本を作りたくて学生時代から、自発的に人を集めて写真集を作ったり、出版社の編集さんに足かけ2年ほど弟子入りしたりした。

意識が異常に高かったわたしは大学2年生の夏からOB訪問を始める。当時の就職活動は大学3年の秋からスタートが一般的だったから、1年以上前から就職に向けて動き始めたことになる。

そんな折、ご縁があってとある出版社で働く編集さんと知り合い、一度会っていただくことになった。名目上は、写真集をつくるノウハウを聞きに。だけど、いやらしいわたしはOB訪問的にコネをつくれないかと考えて、就職活動の話を少しだけこぼした。

わたしは「意識が高くてすごいね」という返事を期待しながら「就職のことなんですけど」と口を滑らした途端、その編集さんは血相を変えて

「君ね、せっかく学生なんだから、就職なんてくだらないこと言ってないで、愛とか人生とかのことをもっと考えたほうがいいよ」

と怒り始めた。

わたしはびっくりして「すみません」と言ったけど、いまいち実感が湧かないまま、その日は帰った。

初対面のときに叱られこそしたが、その方は本当に情に熱い方で、何の得もないのに私が人生に悩んで連絡をすると、仕事の合間を縫って相談に乗ってくれた。

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わたしは元々、その編集さんがいる出版社の大ファンだった。中規模でほとんど外注をせず、自分たちだけで膨大な量の本を作り上げる職人気質な出版社。加えて、そんな素敵な編集さんがいるのだ。

何とか入社して一緒に働きたい。本を作りたいという気持ちよりも「その出版社に入りたい」という気持ちが日増しに強くなり、出版社志望と言いながら、出版社はその1社しかエントリーしなかった。

わたしにとって、その出版社は神様みたいなものだった。

強すぎる、憧れ。

思い入れが強すぎて、面接の前後で過呼吸を起こした。ただ、気持ちの動揺とは裏腹に面接はトントン進んでいった。

ただ、わたしの就活は非常に悲惨で、結果から言えばほぼ全部がエントリーシートで足切り。内定は、1次面接まで進めた2社からのみで、わかりやすくも前途が不安な戦果だった。

そして、その2社のうち1社が、第一志望の出版社だった。

しかし、届いた内定通知を見たとき、わたしの心に広がったのは莫大な不安だった。

嬉しいはずだった。
しかし、不安だった。

こんなに大好きな出版社なのだ、手放しで喜んでいいはずだ。なのに、どうしてだろう。絶望に近い感情で胸がいっぱいになった。

あの編集さんに連絡しよう。焦ったわたしはメールを打つのさえもどかしく、電話をしてしまった。

「御社に受かりました。でももう1社内定をもらっていて、正直迷っています。こんなに好きなのになぜだかわかりません。私はどうしたらいいでしょう」

今考えてみれば失礼な話だ。なのにその方は翌日すぐに時間を作り、話を聞いてくれた。

親身になって、持てる限りの情報を全部くれた。

出版社の仕事は夢があるけど、大変な現状もあること。自身のキャリアについて、社会保険とか福利厚生とか、社会人として知っておいたほうが良い情報を全部くれた。

そして、出版業界全体で、心を病んで辞めていく人が多いことも。

わたしは不安の原因を悟った。間違いなく大好きな出版社だ。それは揺るぎない。でも、だからこそ、そんな理想の環境の中で、万が一自分が折れてしまったり、力を発揮できなかったりしたらどうしようと思ったのだ。

わたしは目に涙をいっぱい溜めて話を聞いていた。誰かに決めて欲しかった。自分の人生だけど、投げてしまいたかった。

そんなわたしの様子を見て、その編集さんはこう言った。

「ののかちゃん、そんな顔するところじゃないよ。今、ののかちゃんには、無限の未来が開けているんだよ。かたや出版社、かたやメーカー。全然違う仕事だからこそ迷うんだと思うけど、夢があるじゃない。大丈夫。迷うんだったら、鉛筆転がして決めなよ。なるようになるからさ、大丈夫」

「鉛筆、ありがとうございます...鉛筆...鉛筆...」

わたしは思いが高ぶって泣いてしまい、最後は「鉛筆」しか言えなくなった。編集さんは笑っていた。

お礼を言って編集さんを見送った。自転車にまたがり、日の光の方向へ走っていく彼が眩しかった。働く大人は、本当にカッコいいなと思った。

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それから、わたしは逃げた。逃げてメーカーに入った。自分の愛してやまない仕事から逃げた。

周囲の人からも「どうしてメーカーなの?」と聞かれて「何となく」とか「ほどほど好きがちょうどいいと思った」とか調子づいたことを言った。内心は心を病むのが怖い、というのがあった。

しかし、蓋を開けてみたら、ちょうどいいはずの会社で、心を病んでしまった。それは、入った会社が悪いのではない。メーカーに入ることを決めたのに、出版社への気持ちを断ち切れず、何をしているときもずっと選ばなかった出版社のことを考えていたからだ。

飲み会の最中も、

「出版社に入ったら、今頃寝ないで作業しているはずだ」

と思った。

休日に遊んでいるときも、

「編集者だったら、こんな風に休日はない」

と思った。

誰に何を言われたわけでもないのに、飲み会に行く自分、休日を謳歌している自分、何か楽しいことをしている自分を情けなく思って、責めた。

わたしは結局自分で自分に、自分の夢に、けじめをつけられていなかったのだ。今思えばあれは、好きだった相手を自分からみすみす手放してしまったような、恋のような感情だったのかもしれない。

しかし悔やんでも遅く、わたしは徐々に心を病み、会社を辞めて、流れ流れて、フリーライターになった。

長くなっているが、この話には余談がある。

先日、縁あってその大好きな出版社からお仕事の依頼をいただいた。

全予定を空けて臨んだ1日ロケ。前日はドキドキして眠れなかった。やっぱりこれは恋だと思った。

そうして現地に着き、やりとりしていた編集さんに「もう1名来ます」と言われた。「佐々木さんのこと、知ってるみたいです」

胸がザワついた。車から降りて手を振る姿が見える。あの人だ。

わたしは駆け出した。そして、「その節はありがとうございました!本当にすみませんでした!」と詫びを入れた。

周りの人がキョトンとする中、その編集さんは

「いやいや、そんなことは良いんだよ。でもまさか、ののかさんがフリーライターになっているとはね。人生わからないものだね」

と言ってくれた。

「“鉛筆”のおかげです」

覚えているかな、と少しドキドキしながら言った。

すると、編集さんが微笑んでくれて、わたしも笑った。

その日はわたしにとって夢のような日になって、今、その日の原稿を書いている。

3年越しの片思いにピリオドを打てたような、晴れやかな気分で。

進路選択は悩むけど、結局自分のいきたい場所に進めるから大丈夫だよ、って言ってあげたい。

スナックノンノン 佐々木ののか コラム エッセイ オレンジジュース

辛くなったら、一緒に飲もう。
今日もビールで乾杯ね。あ、未成年のアナタは、オレンジジュースでね。

(文・佐々木ののか)

ライタープロフィール

ライター/文筆家
北海道出身。新卒で某メーカー勤務経験を経て、2015年6月より現職。エモめの文章が得意で、人と人との関係を定義する「形式」に興味がある。言葉を通じて、人を癒したい。