あなたになりたい―スナックノンノン第3夜
不器用なママが自分の話を語る「スナックノンノン」。
今夜は、フリーランスになってからできた「戦友」のお話です。大好きな相手であるほど、本人への醜い感情をぶつけるのって怖いですよね。同じような思いをしている人の心に、届きますように。
*
彼女に出会ったのは、フリーランスになって半年ほど経ったころ。わたしが、かねてから憧れていたライターさんに引き合わせてもらうために参加した場だった。
自己紹介を終えると、彼女は欧米人もびっくりのオーバーリアクションで
「うわー、佐々木ののかさんですか! 会いたかったです! 近々個人的に連絡して会いに行こうと思ってたんですよー。こんなところで会えるなんてめっちゃ嬉しい!」
と言ってきた。
この瞬間、わたしは完全に心を閉ざした。
開口一番ベタ褒めしてくるやつなんて、ネットワーキングホリックか“ヤリたい”だけなので、信用ならない。そんなわたしの不信感をよそに、畳みかけるようにして彼女は話し続け、わたしは都度、心の中でツッコミを入れた。
「わたしたち同じメディアでも書いているし、ののかちゃんに勝手に似たものを感じていて!」
(いや、似てねぇよ)
「絶対に仲良くなれると思ったんですよね」
(いやいや、なれないでしょ)
「多分独立したのも同じくらいですよね? わたし4月に独立したんですけど!」
「あぁ、わたしは独立したの、6月ですけどね」
わたしの不信感を全く感知せず、猛進を続ける彼女にいら立ち、わたしは笑顔でこう言ってしまった。
一瞬「あ」と傷ついたような表情をした彼女を見て、ちょっと言い過ぎたかな、と思った。
しかし、それもほんの一瞬。わたしがずっと会いたかった憧れのライターさんが来るやいなや、「ファンでした!好きです!」と言いながら、ずっと質問を続ける彼女。
そんな彼女を横目に見ながら、コミュ障がたたって話しかけられないわたし。もうこの女とはできるだけ関わりたくないと思った。
しかし、彼女はその後もわたしにSNSやメッセージで執拗に絡んできて「好きですー」と言い続け、わたしが個人的にやっていた超マイナーイベントにも「行きますー」と言ってきた。
他にもたくさん「行きたい!」とか「楽しそう!」とかコメントが付いていたけど、私は本当に来てくれるまで、そんなコメントを信用しない。どうせ社交辞令だろう。
人を信じて憂き目を見ることばかりのわたしは、「わぁ~、うれしいです~!ありがとうございます~!!!」と脊髄反射でコメントを返していたのだけど、奴は本当にやってきた。
「本当に来てくれたんですね」
驚いたようにそう言うと、「だって、ここで来なかったら、ののかちゃん一生心を開いてくれないと思ったので、何が何でも約束を守ろうと思いました。絶対に仲良くなりかったんです」
読まれている。そして、この人はわたしのことを好きでいてくれている。
この瞬間、わたしは鉄製の心の扉を破壊された。何度も突進し続けた彼女の粘り勝ちである。
人に滅多に心を開かないわたしだけれど、一度心を開くと生まれて初めて親を見た鴨の子どものように、従順に相手を信じて大好きになってしまう。
彼女は親友にして、戦友になった。
しかし、彼女はあるとき急に、縁もゆかりもない他県への移住を決めてしまった。しかも当初はライターの仕事も辞めてしまうかも、という話だった。
――唯一の味方がいなくなる。
そんな気持ちだった。一緒に頑張ろうって言ったのに、と裏切られたような気持ちもした。
「しばらく会えなくなるから」と、わたしの家でお酒を飲んでいるときに、彼女は突然「わたしはののかちゃんに嫉妬している!」と言った。
わたしの仕事ぶりやSNSでの影響力。ビジュアル面でも、顔出しが絵になって羨ましい。わたしの記事やSNSで拡散したときの反応など、どうしても気になって追ってしまう。彼女はそう続けた。
わたしは彼女の感覚が全くわからなかった。嫉妬していると言っていて、半ば憤慨しているようにも見える。それなのに、どうして彼女はわたしと仲良くしてくれるんだろう。
わたしは、「そうだったんだ、ありがとう」とだけ言った。
心底うれしいという気持ちも、腹が立つ気持ちもなかった。ただ、わからなかったのだ。しかし、彼女が遠い街に越してから数か月後、わたしは嫌というほどにその感覚を思い知ることになる。
*
――東京、もういいや。
それが、彼女が移住した大きな理由だった。それは投げやりな理由でなく、地方に自分の生き方を見出しての決断だった。
わたしにはできない、攻めの決断だった。
わたしも毎日のように「東京、もういいや」と思う。でも、それは“逃げ”でしかなかった。東京は刺激的で楽しくて気持ちいいけれど、傷つく。
――攻撃されると、硬化する。
人にはかなり恵まれているほうだったけれど、心ない言葉に傷つくこともよくあった。どこから拳が飛んでくるかわからない中で、わたしは常にファイティングポーズをとって、「戦うべきもの」と対峙した。
「戦うべきもの」なんて、エアークッションみたいに中身がないものだということは薄々気づいている。それなのに、「東京でイキイキと働いている自分」を手放せなくて、彼女が地方に行ってしまってからの数か月、わたしはすっかり意固地になっていた。
そして残念ながら、彼女は東京にいるときよりもイキイキとしていた。うまくいかないこともあるみたいだけど、そのたびに「どうやって生きていけばいいか迷った」とか言いながらリトライし続け、自分の生きやすい環境を着実に手に入れている。
好きな作家さんや書き手さんに、直球のリプライを飛ばしまくって「好きです」と言いまくり、仲良くなっていく。
わたしは、彼女がわたし以外の書き手さんを褒めるのは腹が立った。それが著名な作家さんであっても。
彼女に対する黒い感情が渦を巻く。
彼女にとっての一番の書き手でいられない事実が許せない。“わたしはこんなに苦労しているのに”彼女が東京で戦わずして、楽園を見つけていくのが許せない。
だから、彼女に「落ち度」を見つけたときは、徹底的に逆張りに行き、マウントをとろうとした。
彼女が「数字を追うことがしんどい」と言えば、「結果は正義だ」と言った。
「そんなにたくさんお金はいらないんだよね」と言えば、「お金こそパワーだ」と返した。
「最近忙しい」という話を聞けば、「大変だね」と言いながら、「わたしのほうが働いている」と思った。
わたしは正しい、間違ってない、結果だけが正義、お金こそパワー、誰よりも本数を書いて質を上げていく、返信は3分以内にしなければ、納期に間に合わないなんてクズのやること、寝なくたっていい、上に行きたい、有名になりたい、負けたくない負けたくない負けたくない――
彼女とは今まで通り3日に1回は電話した。普通に笑ったり、くだらない話で盛り上がったりはできたけど、何だか“しこり”が残るような、そんな気持ちになっていた。
*
そんな彼女の記事が、とある著名人の目に止まり、拡散されたことをきっかけにして、彼女のフォロワー数が一気に増えた。その著名人はかねてから、彼女がラブコールを送っていた相手。
気づけばわたしは、彼女のTwiiterのホーム画面を開き、フォロワー数が伸びていくのを確認するようになっていた。思ったよりも伸びていないと安心して、時計を見たら、10分しか経っていないこともザラだった。
わたしは彼女に執着した。
彼女が売れていくのが面白くなくて、「フォロワー数が増えていってムカつく!」と冗談めかしてリプライを飛ばした。冗談じゃないけど。
それなのに彼女は「わたしが、ののかちゃんに嫉妬してるとか言うから、気を遣って言ってくれてるとかじゃないよね? ごめん、なんか気になって……」などとDMを送ってくる。どんだけ良い奴なんだよ、ふざけんな。
わたしは返事を送った。
「申し訳ないけど、それは思い上がりの勘違いだよ。わたしはあなたが思っているよりも、性格が歪んでいて、あなたが面白い文章を書くのも、周りの人にちやほやされているのも、許せない。あなたが地方でのびのび過ごしているから、わたしは都会で戦わなきゃって思ったし、あなたを意識しすぎて逆張りに行っている。そして、そんな自分をも肯定したくて、あなたをマウントしようとしていた。ごめん。本当はいろんなものに噛みつかずに、戦わずに、自然体を希求するあなたが羨ましい、あなたになりたい」
あぁ、言ってしまった、と思った。もう友情が壊れるかもなぁと思った。でも、壊れてもいいと思った。
ずっとわたしは言ってやりたかったんだ。彼女とケンカがしたかった。嫉妬に狂うくらいの存在なのに、何を言っても「ののかちゃんはいいなぁ、すごいなぁ、わたしなんて」と言う彼女が許せなかったからだ。
でも、彼女の返事はこうだった。
「わたしも、ののかちゃんみたいに戦えるなら戦いたい。ファイターみたいな頑張り方できるようになりたいよ。でも結局頑張れないし、戦えないから、それ以外の方法を模索するしかない。わたしだって、ののかちゃんみたいなファイターにはめちゃくちゃ憧れるんだよ」
憑き物が落ちたような心地がした。わたしたちはようやく同じリングに立てたのだ。それからはお互いにジャブの打ち合いだった。
「毎回ブログの更新を楽しみにしてるけど、絶対バズんなよって思ってる!」
「わたしだって、書いた記事読んで面白いなと思って舌打ちしてる!」
「関係ないけど、恋に奥手すぎなところもイライラするんだよ!」
「男で事故りまくってる女に言われたくない!」
ひとしきりDMを飛ばし合いながら、わたしは笑っていた。
多分、彼女も笑っていた。
*
フリーランスになったら、上司も部下も同僚もいないと思っていたけど、仕事で支えてくれる人はたくさんいる。
でも、やっぱり彼女は特別だ。
一切の打算もなく、遠慮もなく、本音をぶつけ合い、励ましあえる相手に、フリーランスでも出会えるのだ。
彼女は親友にして、戦友だ。
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近しい人であればあるほど、醜い感情を見せるのは勇気がいることもあります。ただし、その本音をぶつけてこそ、より深い信頼が生まれることもありますよね。
尊敬と好き、そして嫉妬は、“平和的”に同居ができる。
そんな話を書きました。
辛くなったら一緒に飲もう。
明日も元気で働けるよう、今日もビールで乾杯ね。
(文・佐々木ののか)