階段つれづれ〜物語・壱「渋谷・松見坂そばの階段(大)」
階段--
目と鼻の先なのに高さが邪魔して届かない。そんな2点を結ぶため階段が便利に使われてきたのは昔の話。近頃は人にやさしいまちづくり事業の構想から外れていたりして、動く通路、エスカレーター、エレベーターにその座を奪われています。
でもね。
街中を歩いていると、まだまだ現役の階段ってあるものなんですよね。万人の役にはなっていないけれど、地域住民のためになっている階段がまだまだあるんです。
人気者ではないけれど必要としている人がいる。
そんな階段たちを悲喜こもごも紹介するシリーズ「階段つれづれ」
東京都目黒区駒場「渋谷・松見坂そばの階段(大)」
渋谷の街は「谷」という字がつくとおり、東は宮益坂、西は道玄坂を下ったところの“丼の底”みたいな場所にある街です。
渋谷の西のはずれ、南北に走る山手通りと、東西に走る淡島通りの交差点に「松見坂」という坂がありましてね。これは渋谷の道玄坂の由来となった、道玄太郎という山賊が、旅人を襲うために「松の木に登って物見をしていた坂である」ということからついた名前なんだそうですよ。もう450年以上も前の話だそうな。
そんな松見坂の周囲はとりわけ高低差の激しい土地が多く、今でも階段がたくさん。昔は多くの人の通行を助け、今も周辺に住む人々の貴重な通り路になっていることでしょう。
奥渋谷からも神泉からも外れている松見坂。「よそ者」が、そうそう歩きそうな所じゃありません。ビニール傘を杖代わりに階段を上っていた初老の男性は、きっと地元の人でしょう。山手通りを進んで、どこへ行くつもりなのでしょうか。

松見坂の交差点から山手通りを北に望む
交差点から山手通りを北側に進むと、そこは勾配のある上り坂。平行する歩道のひとつ外に、その坂とは縁の無い住宅街の道路が通っています。

歩道の一段下にはまた歩道。そして階段
住宅街から交差点を経由せずに山手通りに出ようとするならば、そこにあるのは踊り場を挟んで19段と15段の、合計34段の階段。ビルの3階分以上の高低差はありそうです。
銀の手すりを握りながら34段上ると、山手通りに合流します。踊り場から下を見下ろすと、急勾配なのがわかりますね。日ごろ運動不足の筆者は、上り切るだけで少しばかり息が切れてきました。
きっと坂を上っても息は切れるのでしょうけれど。

誰かが丁寧に下り方を描いてくれたけれど、多分役に立たない
階段を登り終え、松見坂交差点を見下ろします。ここから松見坂へ移動するならば、通常は坂を通るルートを選択します。この階段を使う理由は、下りてすぐある住宅街とのアクセスでしょうか。
この住宅街に住む人は、階段がなければ、松見坂交差点まで行き、そこから坂を上るという往復100メートルの負担を強いられるます。
便利なはずの階段。もっと多くの利用者が居ても良いだろうに―そう思っていましたが……

文明の利器で坂は克服される
近所に住んでいそうなお母さんは電動アシスト付き自転車で、急勾配の坂道をスイスイ上っていきました。人の選択はそちらなのね。
そこに住む人には役立っている。でも、松見坂交差点付近を通過するだけの人は決して通らない34段の松見坂そば階段。
ニッチだけれど誰かの役に立っている存在は貴重です。マスに受けるわけではありませんが
「他の人は知らなくても、私たちには、あなたが欠かせない存在なんですよ」
と思われていそうなこの階段に、サラリーマン時代に裏方作業で給料をもらっていた自分の姿が重ね合わさりました。
階段は上るもの、下りるもの、そして思いを馳せるもの。
交差点近くの鉄板焼き店「牛牛 MATSUMI」が、今日も静かに松見坂を見守っています。
■階段情報をお知らせください
味のある階段をご存知の方、ぜひTwitter「@odaiji」までご一報ください。付近を立ち寄った際にはぜひ訪れたいと思います。
(文・奥野大児)